しのぶろぐ

2012年1月25日主人が急死、翌年6月自分は子宮頸がん(3b期)に。現在は放射線治療の晩期障害で腸が癒着し、イレウス起こすようになってしまいました。。子なしのおひとりさまが書くブログです。

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私の時間パパが死んだ年で止まってる

デイサービスのご利用者さんで、透析している方がいる。
市内だから、パパが通院してたクリニックかと思い、聞いてみたら、違ってた。
ただ、その方の通院先は、パパが維持透析が決まった後、最初に行っていたクリニックだった。
歩けなくなったパパにとって、送迎バスを出しているのは、そのクリニックだけだったので…。

ただ、その方も、パパの通院先であるクリニックはご存じで、
「あそこももう出来て何年になるかねえ?」と聞かれたので、
「んーと、たぶんもう5~6年…?」と言ったら
「いや~、あそこはもっと前からだろう?」と…

ああ、そうだ。
パパは入院中に維持透析になったのが、平成17年10月で、
翌年、市内に透析クリニックができて、、パパと二人、開院前に見学に行ったっけ・・
だから、平成18年だ、あのクリニックができたのは。
もう10年になるんだあー・・
5,6年じゃないわ、自分の中で時間止まってたなあ、、

パパが死んだのが、4年前だから…
透析は6年と3か月。
入院中は院内の腎センターで、透析してて、、
そこの先生が「糖尿病があると、透析患者の5年生存率は50%」とのたまわったのだ。
その一言を聞いて以来、ずっと不安があって、心配してて
5年過ぎて、ひと安心してたら、難病になっちゃって

透析は休めないから、
ERでも、HCUでも、ダイアライザーを病室に持ち込んで、
臨床工学士サンが1日置きにやってきて
1日4時間、透析しなきゃいけなかった。

人工呼吸器つけて、鼻チューブして、そんな状態でも
透析しなきゃいけなくて

辛かったねえ、、、パパ
亡くなる前の年に
「透析患者の自分は受け入れられるけど、この寝たきりの自分は受け入れられない」と
言っていた。
私は、何も言えなかった。
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うらん

Author:うらん
昭和32年2月20日生まれ。
神奈川県三浦市出身。
5歳年上のパパと2人暮らし。

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