病気のパパと暮らす日々
京都のおじちゃんのことを
2008-05-25 Sun 16:32

なぜか、なんとなく思い出したので、少し書いておこうと思う。

”京都のおじちゃん”とは、母の妹の旦那さんで、うらんがコドモの頃は京都に住まっていたので、うらんたちコドモはずっとこう呼んでいたのだ。

京都のおじちゃんの、若き日の写真はhttp://haru04sherry.hp.infoseek.co.jp/image/1516.jpgで見れる。いい男だあーー、昔のおじちゃん。

むかーしの大都、大映の俳優さんだった。無声映画の時代からテレビの時代まで時代劇に出ていた。

今でも昔のファンがいるらしい。

魅せる剣戟スター 近衛十四郎というサイトで、

大平洋戦争まえ、近衛は阿部九州男、杉山昌三九に次ぐクラスの主演スターとして、大都映画の時代劇を支えていた。

との説明があった。ちなみに近衛十四郎とは松方弘樹のおとーさんである。

また、イラストレーターの山藤章二氏がとあるインタビュー(知遊 特集記事8)にて子供時代に見た映画について、

阪妻や片岡千恵蔵などのチャンバラ映画をやっていた。どういうわけかヒーローよりも、黒川弥太郎、月形龍之介、杉山昌三九、羅門光三郎といった脇役に目が行く渋い好みの子供だったんですよ。

と話されているのを見つけた。

うらんがコドモの頃はテレビ時代劇「月影兵庫」をよく見ていたなあ、、品川隆二さんとの掛け合いがおもろかった・・。

うらんが物心つくころには、おじちゃんは悪役として出ていることが多かったけれど、派手な顔立ちに往年の貫録があって、役どころは家老や代官とかで、まあ、悪役なので最後は斬られちゃうんだけどね。

おじちゃんならあの顔立ち、良い役もやれるのに、テレビ局や映画会社の人間はナニ考えてんだっとコドモながらに思ったものだった。

今でも俳優さんというと主役より脇役、悪役さんに関心があるのは、おじちゃんの存在あってのことなのだ。

そんなおじちゃんも大映倒産後は色々と苦労していた。喫茶店を友人と共同経営でやってた時期もあったらしいが、うまくいったと聞いたことはなかった。芸能界は見た目派手だけどやはり浮草稼業である。

しかし、ノーテンキなコドモだったうらんはたまに会うダンディに決めたおじちゃんを見て「やっぱり俳優さんはカッコいいなあ」くらいにしか思わなかった。

会うとき、別れるとき、必ず握手をしてくれて・・

そんな、おじちゃん、他におらん。(このスタイルはしっかり息子に引き継がれている。)

おじちゃんがなくなったのは平成4年。

それ以前にパパと、東京の住まいを訪ねた時が最後になった。

もうだいぶ身体は弱っていたけれど「いい人と結婚して、、」と言ってくれたのは覚えている。

 

戦前の映画俳優さんのこと、みんなのおじいちゃん、おばあちゃんなら知っているかな?

杉山昌三九を覚えていたら教えてください、、


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この記事のコメント
ネットでおじさんのこと見てみました。たくさんの作品に出演していたんだね。しかも東映のピークの時代に!ずいぶんハンサムだし開成出なんてすごい!昔は銀幕のスターといわれた時代だから今以上に公私共に華があった人だったんでしょうね!その人と結婚したうらんさんのおばさんも相当美人だったんじゃない?知らないでいただけできっと私達はおじさんのこと目にしているよね!父が月影兵庫好きだったものv-55あの東映の映画の海で始まるシーン印象的だったよね!
2008-05-25 Sun 19:16 | URL | neco村 #-[ 内容変更]
おしゃれでダンディーなおじさまですね〜!
才色兼備ではありませぬか。
あのころの銀幕のスターなんて、ほんとに星のような、天の上の人ですよねえ。
うちの母なら、わかるかな〜
でも、田舎だから、テレビもあんまりなかったかもしれないけど(^_^;)
今度聞いてみようっと
2008-05-25 Sun 19:42 | URL | ぺんた #DaqWDIIE[ 内容変更]
→neco村さん
> その人と結婚したうらんさんのおばさんも相当美人だったんじゃない?

うらん母は三姉妹だったのてすが、長女だった母は、ともかく(^_^;)妹二人は女優さんよりキレイでしたよ、若いころは(^_^;;
ルーツは母の母が山梨県の石和出身で、石和小町と言われていたとかいなかったとか

その辺の遺伝子はうらんの中にちーとも入ってないのです。

→ぺんたさん
> あのころの銀幕のスターなんて、ほんとに星のような、天の上の人ですよねえ

そうそう。別世界の人という感じでしたね。
今でも昔昔の女優さんのファンサイトなど見たりしますが
みんな、とても神秘的で、麗しい。

今の女優俳優さんはビデオ撮りが多くなったせいか
いいのか悪いのかわからないけれど、親近感がありますね。

また、おじちゃんが主役クラスで活躍していた時代は
俳優さんの声が入らない、無声映画でした。
俳優さんのセリフは弁士さんという、今でいうナレーターのような人が映画のスクリーンの前でしゃべっていたのだそうです。

声が出る映画はトーキーというのだったかナ?
外国ではグレタ・ガルボ(わかります・・(^_^;)?)の
相手役をしていた某ハンサム俳優さんが、その声の悪さに人気を落していった、、と聞いたことがあります。
2008-05-26 Mon 22:51 | URL | うらん #-[ 内容変更]
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