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2008-10-03 Fri 22:08
ビアンコさんは
2年前に、うらん家にやってきてくれた。 そのとき、ビアンコさんは「ペンダントやブレスレットにしてパパさんとお揃いにしてくださいな」と、ヘンプの糸とパワーストーンを同封してくれたのだ。 それで、パパと、うらんの分とで、石包みのキーホルダーやブレスレットを作り、身につけておりました。 ただ、そのころはまたネット落ちしかけていたりして ビアンコさんに「作ったよ〜」とお知らせできなかった。 で、そのまま2年がたち、ヘンプもすれてぼ〜ろぼろになり、編み直して二代目に。 石も、タンブル(小石ぽいやつ)だと安いのでひとつ200円くらいで買えた(シトリンとかラピスはあまり採れないのでお高いのだそーだ)ので、増やしてゆき このあいだカスピちゃんが携帯ストラップのパーツをくれたので、ストラップも作ったりして 折々に、ああ、そうだ、ビアンコさんに伝えなきゃ、、と思いつつ、まーだ、 メールも手紙も書いてない。。。
下の写真はパパの透析バッグにつけている石包みのキーホルダー。
同伴しているのは 前にneco村さんに頂いた鬼太郎キューピーちゃん。
ビアンコさんにはパワーストーン・・確か、アラゴナイトとアメジストのタンブルをもらったんだった。 アメジストは、うらんの誕生石。石は違うけど、こんな感じで、ずっとつけてた。
ブレスやキーホルダーを見るたびにビアンコさんを思い出す。ビアンコさん、元気かな。 |
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2008-09-29 Mon 21:51
タイトルどおりですが
東久留米からひばりが丘の駅に向かう街路に 5月は、ピンクと白のハナミズキが咲くのでした。 ハナミズキ パッチワークのパターンも可愛いね。 |
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2008-05-25 Sun 16:32
なぜか、なんとなく思い出したので、少し書いておこうと思う。 ”京都のおじちゃん”とは、母の妹の旦那さんで、うらんがコドモの頃は京都に住まっていたので、うらんたちコドモはずっとこう呼んでいたのだ。 京都のおじちゃんの、若き日の写真はhttp://haru04sherry.hp.infoseek.co.jp/image/1516.jpgで見れる。いい男だあーー、昔のおじちゃん。 むかーしの大都、大映の俳優さんだった。無声映画の時代からテレビの時代まで時代劇に出ていた。 今でも昔のファンがいるらしい。 魅せる剣戟スター 近衛十四郎というサイトで、
との説明があった。ちなみに近衛十四郎とは松方弘樹のおとーさんである。 また、イラストレーターの山藤章二氏がとあるインタビュー(知遊 特集記事8)にて子供時代に見た映画について、
と話されているのを見つけた。 うらんがコドモの頃はテレビ時代劇「月影兵庫」をよく見ていたなあ、、品川隆二さんとの掛け合いがおもろかった・・。 うらんが物心つくころには、おじちゃんは悪役として出ていることが多かったけれど、派手な顔立ちに往年の貫録があって、役どころは家老や代官とかで、まあ、悪役なので最後は斬られちゃうんだけどね。 おじちゃんならあの顔立ち、良い役もやれるのに、テレビ局や映画会社の人間はナニ考えてんだっとコドモながらに思ったものだった。 今でも俳優さんというと主役より脇役、悪役さんに関心があるのは、おじちゃんの存在あってのことなのだ。 そんなおじちゃんも大映倒産後は色々と苦労していた。喫茶店を友人と共同経営でやってた時期もあったらしいが、うまくいったと聞いたことはなかった。芸能界は見た目派手だけどやはり浮草稼業である。 しかし、ノーテンキなコドモだったうらんはたまに会うダンディに決めたおじちゃんを見て「やっぱり俳優さんはカッコいいなあ」くらいにしか思わなかった。 会うとき、別れるとき、必ず握手をしてくれて・・ そんな、おじちゃん、他におらん。(このスタイルはしっかり息子に引き継がれている。) おじちゃんがなくなったのは平成4年。 それ以前にパパと、東京の住まいを訪ねた時が最後になった。 もうだいぶ身体は弱っていたけれど「いい人と結婚して、、」と言ってくれたのは覚えている。
戦前の映画俳優さんのこと、みんなのおじいちゃん、おばあちゃんなら知っているかな? 杉山昌三九を覚えていたら教えてください、、 |
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| しのぶろぐ |
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あみねこ カッチンのおかーさん
